『真っ当な少女の魂』
〈不幸をウリにするなんて下品だってこと。(中略)不幸は、
口に出したら自分の魂を汚してしまう気がするんだ。〉
近年の小説の登場人物は、隙あらば、自分のトラウマを
振りかざし、「不幸自慢」をしているような印象があります。
本作の主人公・大西葵は、本能的にそういった
傾向の卑しさや虚しさを知っているといえます。
無職でアル中の義父からはDVに遭い、親であるより、
女であることを優先する母には重荷に思われている葵。
しかし、そんな状況を葵はありのままに受け入れ、特に親に対して、
怨嗟の念を募らせることもなく、なんとか日々をやり過ごしていきます。
自分だけが特別不幸なのではないし、他人に相談したところで
現実が変わるものではないと悟っていたからでしょう。
また、本作におけるゲームの扱われ方も、じつに暗示的。
葵にとってゲームは、鬱屈する感情を発散させる安全弁であると
同時に、淡い想いを寄せる幼なじみとの絆でもありました。
その象徴ともいえるメモリーカードを、
義父はあっさりと握りつぶしてしまいます。
それはそこに宿ったデータという名の「命」や、
幼なじみとの思い出まで破壊されたことを意味します。
俗耳に馴染む「ゲームをしていると命に対する想像力を失う」
という紋切り型の批判に対する皮肉と挑発といえるでしょう。
本作は、深刻なテーマが扱われていながら、重さを感じさせず、決して
ハッピーエンドとはいえないラストでありながら、読後感も爽やかです。
それはひとえに葵のどこかとぼけたお茶目さと、
その精神の健全さに負うところが大きいと思います。
そんな葵が、「時代」にサクリファイスとして選ばれて
しまうのは、ある意味、必然だったのかもしれません。
東京創元社 エ1,470円