『恩田節たっぷりの、蠱惑的、古都。』
この作家さんの話には本当に、当たり外れが多い。
ま、これはフリークに聞かせたら怒られそうなので、これは私の個人的な感想ということにしておく。
しかしこの作品は。
前半は、嘘に嘘を重ねる旅の相棒に翻弄される。
どこまでが本当なのか、異母兄は本当に私を呼んだのか、彼の恋人由佳利を殺したのは誰なのか。目の前の女、妙子の目的はなんなのか。
二転三転するサスペンスのような香りを漂わせつつ、しかし雄大な奈良の歴史に抱かれて、いつしか私と妙子の気持ちは少し近づき、
たたみかけるような軽妙な会話の運びで、テンポ良くストーリーは進む。
そうして訪れる、もうひとつの別離。
最後に現れる、異母兄の想い人。
切ない余韻が、雄大な歴史の中にとけあう。
美しく、冷たい喪失と創生を最後に静かに横たえる、この作者はやはり、ただものではない。
文藝春秋 エ620円