『平成の幕開けとともに生まれた傑作』
このたび私は、リストマニア機能を使い、
「日本ミステリ【マイ・ベスト・テン】」を掲載した。
そこに挙げた作品の中で、
真っ先に再読したくなったのが、
本書「火車」である。
本書は、カード破産をいち早く取り上げた作品として、
1992年の発表当時、話題になった作品であり、
著者がその後直木賞作家となっていく
礎を築いた作品であるとともに、
現在も多くの読者に読まれている人気作である。
ミステリの楽しみ方として、
密室殺人や孤島ものなど、
現実から遊離した世界を楽しむのも一興であるが、
その時代の矛盾や暗部を
ミステリの手法を使ってあぶり出していく、
いわゆる社会派の存在も見逃すことはできない。
本書はそうした
「社会派」の傑作と呼ぶにふさわしい作品だ。
ベストテンのひとつに、
私は松本清張の「ゼロの焦点」を掲げたが、
この作品が昭和を代表する
社会派ミステリであるとするなら、
本書は、平成の幕開けとともに生まれた
社会派ミステリの傑作である。
この両作品、扱っている題材は違うが、
物語の発端が「失踪事件」であるのは興味深い。
「ゼロの焦点」では新婚カップルの夫の失踪、
「火車」では婚約カップルの女性の失踪が
冒頭に起こり、物語が展開していく。
愛する人との新生活を控え、
希望に満ちていたはずなのに、
その生活を捨ててしまわなければならないほどの理由とは何か、
そんな魅力的な謎を追っていく物語なのである。
本書「火車」のテーマ「カード社会」について、
ひとつ感じることがある。
私事で恐縮であるが、
本書を初めて読んだ1992年当時、
カードといえば銀行の
キャッシュカードを1枚持っているのみであったが、
その後、複数のクレジットカードを取得し、
現在に至っているのである。
カード社会は作品発表時より、
さらに浸透しているのではないかというのが、
実感であり、それゆえ本書は、
発表後17年を経てもなお、
輝きを失っていないと思う。
本書は、カード社会の矛盾を分かりやすく、
ミステリの手法を借りて描ききった作品として、
これから読まれる方の心にも
必ずや深い余韻を残す作品となるであろう。
新潮社 エ900円