『人の記憶と妄想と現実と』
恩田陸は非常にオマージュが好きな作家だが、今作ほど強烈に、大胆に取り入れた作品は無い。ふんだんに「元」が引用されている。
アラン・レネ監督映画『去年マリエンバートで』が今作のオマージュ元で、引用文が繰り返し繰り返し本文に登場する。
さて、この小説は「人の記憶、妄想と現実」がテーマであると思われる。各章毎に殺人事件が起こるのだが、次の章では記憶がキャンセルされ前章で死んだ人物は蘇っている、というような表現がなされる。
しかし…これは記憶が違っているのか、忘れているのか、現実なのか、妄想なのか。そういう境が曖昧になって…
ところで、この小説は各章を「第?変奏」としているが、上手いなぁと何章か進んで思った。変奏曲とは主題といくつかの変奏からなる楽曲の事で、今作では基盤となる主題を用意し、各変奏で内容を変えていく、という風に表現している。
これを見ると最新作「中庭の出来事」(06年12月)にも近いものがあり、あちらの方がより込み入っていて年月を感じた。まあ、今作は「登場人物の記憶?」がテーマで、あちらは「読者の記憶」にテーマが置かれているのだろうから、作風を含めて受け取り方は全く違うのだが。
「自分の幸運を享受しつつも、心のどこかでそのことに物足りなさを感じることがある。そう感じること自体、傲慢で贅沢なことだと承知しつつも、人間とはそういう生き物なのだから仕方がない。」 本文128ページより
文藝春秋 エ1,950円