『静謐と消失』
小川洋子の作家としての本質は、残酷さにある。考えれば人は残酷なわけで、それを小説世界に膨らませているのが小川洋子の作品と言える。
この本の世界では、何かが少しずつ失われる。そして失われたあと、その世界の住人はそれを思い出すことが出来ないのだ。ただ、中には記憶を失わない普通の(この世界ではイカレてることになるのだけど…)人間は秘密警察(!)に狙われ、どこかに収監される。この小説は、記憶を失いつつある小説家の女性と普通の人間である編集者をかくまうことで始まる物語だ。
失われたもので一番印象的なのは、本だ。本が失われていくシーン。人々は公園に集い、焚書を始める。小川洋子は自分が一番寄って立つところである本を、小説世界で焼くのだ。そして一番最後、失われるものがさらに怖い。これは読んでみて確認して欲しい。
優れた物語とは、印象的な言葉が物語を離れ、人の心にいつまでも残る。誰の心にも残る普遍性を持っている。カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」同様、消失を扱った傑作小説。一読をおススメします!
講談社 エ720円