『いとおしい選り抜きの言葉で紡ぎだされた、いつまでも大切にしたい好エッセイ集』
本書は06年4月刊行の単行本を文庫本化したもの。1.数の不思議に魅せられて、2.「書く」ということ、3.アンネ・フランクへの旅、4.犬や野球に振り回されて、5.家族と思い出、の5章からなり、それぞれ2乃至10頁の短いエッセイを集めており、とても読みやすい。1.では美意識を手がかりに数の世界に驚きと歓びを発見しようとする数学者達の仕事への限りない共感が語られる。「博士の愛した数式」(小説・映画どちらでも)や藤原正彦氏との対談を愛する人は必読だろう。2.では著者が小説を書く、読む、語り合うことが好きでたまらないことがわかる。真摯かつ謙虚な姿勢で創作活動に臨み、それこそ深い海の底から探し出した言葉で綴られたものであるからこそ、著者の小説はあれほど魅力に満ちたものとなるのだろう。3.では著者がいかにアンネ・フランクの日記を愛読し、多くのことを汲み取っているかがわかる。4.と5.は著者の子供時代から現在に至る生活の様子が紹介されるが、随所で著者ならではの観察・考察に感心する。著者が私の実家のある芦屋に住んでいることは2年ほど前の芦屋市の広報紙で知っていたが、今でも住んでいるのだろうか。芦屋に限らず、私と4歳違いで同じようにプロ野球実況中継のラジオに耳を傾けていた著者に、ひいきのチームはライバルであっても私は同志のような意識を持っている。その著者がいとおしい言葉で毛織物を紡ぐように記した好エッセイ集。お薦めです。日本語と仏語訳の両方で著者の作品に接するデビット・ゾペティ氏の解説も秀逸。
集英社 エ500円