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神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)



『人の心の拠り所とは』
 関西大震災を題材として,人が生きてゆく上での心の支えや,生きる原動力,あるいは常識だとか日常,人生観などというものが,いかに脆くて儚い虚構であり,夢幻のようなものであるかということを描いた作品だと感じた。 
 現実というのは,人の心の中心にあるそれら真実とは似て非なるものであり,また時としてそれを大いに裏切る。 たとえば大震災という出来事が現実として起こり,それまで人々がどっぷり浸るように信じきっていたモノが根本から徹底的に破壊されたとき,人が直面するものは一体何なのか,ということを筆者は考えたかったのではなかろうか。

 『super-frog saves tokyo』 という物語で,金融機関で働く主人公のもとに突然現れた大きなカエルが,東京の地下に潜む巨大なミミズを 『退治する,退治しなくてはならない』 と言う。 それはカエルにしか出来ない仕事であり,それで東京を救うのだ,と信じて疑わない。 そしてある日,巨大ミミズとの死闘を演じてきたカエルは,力尽きるも自分が世を救ったのだと信じて,満足げに死んで,朽ちてゆく。
 カエルにとって 『巨大ミミズとの闘い』 というのは,カエルの心の中心に据えられた大いなる虚構であり,同時に人間一人一人が信じきっている 『真実』 というものを表している。 それは人の生きがいでもあり,本人にとっての常識であり,あるいは日常と呼ぶべきものだ。 それは仕事であったり,子供であったり,ポジティブなものやネガティブなものであれ,何にせよ本人にしか見ることの出来ないモノである。 人の心はその虚構によって支配され,また虚構のために生きて働いて,それに命をかけて,力尽き,最後は死んで土に帰る。 つまり,このカエルというのは主人公自身であり,また人間の誰もがこのカエルなのである。

 村上春樹の作品は,一見チンプンカンプンで意味不明なストーリーなようでいて,そこに秘められた比喩や暗示を見出すと,とたんに目から鱗が落ちたように一貫したテーマが見えてくる。  浅いようでいて深く,深いようでいて浅いような,そういうところが村上作品の魅力なんじゃなかろうか。

新潮社 460円

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