『村上流の翻訳、今回はいけてるかな。』
わたしは村上さんの本はほとんど読まないのですが、チャンドラーは昔から好きで翻訳されているものはほとんど読んでいます。とくに「ロング・グッドバイ(長いお別れ)」と、「さよなら、愛しい人(さらば愛しき女よ)」が好きで何度も読んできました。
ロング・グッドバイに関しては、清水訳のほうが好きです。初めて読むのが村上訳だったら、何度も読みたくなる作品とは思わなかっただろうな、というのが正直な感想でした。
しかしながら、この作品については、清水訳では感じなかった新しい魅力を感じることが出来ました。
わたしは重度なチャンドラー(マーロウ物)ファンです。まるで大好きなカクテルでも飲むときのように、マーロウさえ出てくれば、その味に酔ってしまって、小説のストーリーなど二の次になってしまいます。そのため、読後しばらく経ってしまうと、その作品のディテールを覚えていなかったりします。
この作品についてもそのとおりで、何度も読んでいるくせに、マロイの最期は覚えているものの、グレイル夫人のその後や、マリオットが誰に殺されたのかなど重要なことは、すっかり忘れていました。これはマーロウに泥酔しているので酔いが醒めて忘れてしまうためでもありますが、同時にチャンドラーの長編は、脇役となる登場人物が多く、話しがよく飛ぶため、余程注意しておかないと整理された記憶が残ってくれないためだと思います。
清水訳は、情感豊かで、マーロウのアルコール度を最大限に上げて気持ちよく酔っぱらえるのですが(だからこそ何度も読むし大好きなのですが)、その分酔いが醒めるとディテールの記憶が飛んでしまうことが多いのに対し、村上訳はアルコール度が控え目な分だけ、頭の中で小さなエピソードや会話の端々といったディテールを整理して読むことが出来ました。そのため、この作品のミステリーとしての完成度の高さにも初めて気がつくことが出来ました。(村上さんは、チャンドラーの作品をミステリーとしてではなく古典として位置づけているというのに。不思議なものです)あらためて、チャンドラーの作品の多面的な魅力を再認識した次第です。
ただ、このタイトルは完全に清水訳に負けてますね。さすがに、フェアウェル・マイラブリーでは出せなかったのでしょうし、かといって「さらば愛しき女よ」以上に格好いいタイトルは難しかったのでしょう。
早川書房 エ1,785円