『兄の歪んだ欲動に魅入られた妹とその夫の愛と孤独な闘いと救済の物語』
この3部作に出会えたことで、現在or未来の夫婦が例え一握りでも、離婚という形を取らず、また形骸化した夫婦関係でなく、お互いを支え愛し合える夫婦でいられたなら、小説とは何と大きな力を持ち得るのでしょう。
ある種の人間が持ち得てしまう歪んだ欲動、それは本書の第2次大戦中のソ連の将校・皮剥ぎボリスの欲動であり、自らの妹(主人公の妻の姉)を少女期に死に追い込み、更にその妹(主人公の妻)をそのsurrealな力で性的な方向感覚を狂わせて心身を破壊する兄(ワタヤノボル)が持つ欲動。そしてその歪んだ欲動に魅入られ絶望的な状況に追い込まれる夫婦。
そんな中、弁護士事務所で便利屋として働いていた負け組足る夫(=主人公=オカダトオル)が、エリート一家にあって孤独感を抱えながら育った妻(クミコ)への果てなき愛、何が起こっても何を言われても信じて疑おうとしない自らへの妻の愛、そして自らの力、それらを信じ、底知れぬ遠い暗闇の世界から妻を救い出す物語。
私は本書を読み初めて自らの罪の本当の深さと意味を、そしてそれが取り返しのつかないことを悟りました。もっと早く本書に出会っていれば主人公が妻を救い得たように私のそれもまた違っていたのかも知れません。この救済の物語に出会い、一組でも多くの現在or未来の夫婦が救済されることを願ってやみません。それはまた村上さんの意思でもあるように思えるのです。
新潮社 エ740円